創業ストーリー
パチンコ機部品の下請けメーカーとしてスタート。創業者の毒島邦雄は「自社ブランドの遊技機を作りたい」という強い志を持っていました。
デジタル抽選式パチンコ機「フィーバー」を開発し、パチンコ業界に一大ブームを巻き起こしました。フィーバーの名は社会現象となり、SANKYOの名を全国に轟かせました。
創業者の長男・毒島秀行が社長に就任。同年に東証一部に上場を果たし、本格的な企業成長の基盤を築きました。
パチンコの射幸性を抑制する新規制が施行され、業界全体が冷え込みました。SANKYOも減収減益に直面し、事業モデルの転換を迫られました。
メダルレス・球レスのスマート遊技機時代が到来。ラッキートリガー搭載機が大ヒットし、売上・利益ともに過去最高を更新しました。
小倉敏男が新社長に就任し、営業利益880億円を目指す中計を加速。配当性向40%の業績連動型配当も導入し、株主還元と成長の両立を図ります。
