創業ストーリー
創業者・宮地栄治により、橋梁などの鉄骨加工を目的として「宮地鐵工所」が誕生。日本のインフラ整備の歴史とともに歩み始める。
宮地鐵工所と宮地建設工業が経営統合し、共同持株会社「宮地エンジニアリンググループ株式会社」を設立。グループ経営体制を強化する。
公共事業の減少など厳しい経営環境に直面し、本社ビルの売却や工場の閉鎖といった大規模な構造改革を断行する。
三菱重工鉄構エンジニアリング(現:エム・エム ブリッジ)の株式を取得し子会社化。橋梁事業のさらなる強化と技術シナジーを創出する。
2026年度までの中期経営計画を発表。橋梁保全事業の拡大や生産性向上への投資、積極的な株主還元方針を打ち出す。
好調な業績を背景に大幅な増配を発表。年間配当は1年で2.5倍に急増し、高い配当利回りが投資家から注目を集める。
次期中期経営計画を見据え、高難度プロジェクトや新規事業への挑戦を続ける。インフラの老朽化対策など社会課題解決への貢献を目指す。
