創業ストーリー
1907年2月23日に麒麟麦酒株式会社(現・キリンホールディングス)が設立され、同年7月に東京株式取引所へ上場しました。前身は1885年7月設立のジャパン・ブルワリー・カンパニー(JBC)で、1888年に「キリンビール」の商品名でドイツ風ラガービールを発売しました。
東京・大阪各証券取引所の再開と同時に株式を上場しました(1907年7月に東京株式取引所へ上場したのち、戦後の取引所再開に合わせて改めて上場)。
麒麟麦酒が腎性貧血治療剤「エスポー®」(EPO製剤)を発売。ビール醸造で培った発酵・バイオテクノロジーを医薬品に応用するという、現在のグループの骨格がここで生まれました。
7月に純粋持株会社制を導入しキリンホールディングス株式会社へ商号変更。12月には協和醱酵工業に資本参加し、翌2008年10月の合併で協和発酵キリン(現・協和キリン)が誕生しました。
長期経営構想「キリングループ・ビジョン2027」(KV2027)を策定し、ヘルスサイエンスを第3の柱に据えると宣言。同年9月には㈱ファンケルに資本参加しました。
3月14日に㈱ファンケルの所有持分が75.62%から100%となり完全子会社化。協和発酵バイオのアミノ酸事業等の売却も完了し、長年赤字だったヘルスサイエンス事業が111億円の黒字へ転換、連結事業利益は3年連続で過去最高となりました。
2月13日に10年間の長期経営構想「Innovate2035!」を公表。同日に自己株式98,000,000株(発行済の10.7%)の消却と上限800億円の取得を決議し、3月には米Four Roses Distillery社の譲渡も決めるなど、事業ポートフォリオと資本政策の両面で舵を切りました。
