創業ストーリー
1951年8月に半官半民で(旧)日本航空が設立。戦後の国際線復興を担う基幹航空会社として発足し、1953年に「日本航空株式会社法」で完全な株式会社化、1987年に政府保有株売却で完全民営化、2002年に日本エアシステム(JAS)と統合し現在のJALグループの原型が完成しました。
2010年1月、リーマンショック後の航空需要急減と過大な路線・人員構造の重みから、事業会社として戦後最大規模の会社更生法適用を申請。京セラ創業者 稲盛和夫氏が無報酬で会長に就任し、アメーバ経営とコスト意識の徹底による再建が始まりました。社員教育「JALフィロソフィ」と部門別採算管理が組織変革を推進。
2012年9月、会社更生法適用からわずか2年8ヶ月で東京証券取引所第一部に再上場を果たしました。稲盛和夫氏のアメーバ経営による部門別採算管理とJALフィロソフィの徹底が、業界最高水準のEBITマージンを実現する筋肉質な収益構造に組織を変革。日本の経営史に残るV字回復として国内外から注目されました。
COVID-19パンデミックで国際線旅客需要が壊滅し、2021/03期はGroup全体で多額の損失を計上。2020年12月に発行済株式数を337M→437M株へ約30%希薄化する公募増資を実施し、財務基盤強化と機材投資原資を確保。配当は2021/03期・2022/03期と無配を経験するなど、再上場後最大の試練となりました。
2024年4月1日付で鳥取三津子氏が代表取締役社長執行役員に就任——JAL初の女性社長、そしてCA出身初の社長として日本の航空業界で異例の人事。1985年に東亜国内航空に客室乗務員として入社、JAS・JAL統合(2002年)時は安全関連業務に従事した安全運航・現場目線・D&Iを軸とする経営者。SKYTRAX「5スター」9年連続認定・D&I AWARD大賞(航空会社初)等のサービス品質とダイバーシティ経営でも業界をリードしました。
2026年3月2日、新たな成長戦略「JALグループ経営ビジョン2035」を発表——従来の5ヵ年中期経営計画ローリングプランの枠組みを越え、2030年EBIT3,000億円・2035年EBIT3,500億円・年平均投資4,000億円規模・配当性向35%目安・総還元性向35-50%という10年ビジョンに移行。4月30日発表の2026/03期本決算はEBIT2,180億円(中計目標2,000億円を9%上振れ達成)・親会社所有者帰属持分比率40.3%(航空業として高水準)と過去最高益で着地しました。
経営ビジョン2035に基づき、国際路線事業(フルサービスキャリアの機材大型化・中長距離機材増機)とLCC ZIPAIRの成田ネットワーク拡充、マイル/金融・コマース事業の拡大を成長柱に。中東情勢・原油価格高騰など外部不確実性が続く環境下でも、配当性向35%目安・総還元35-50%の株主還元方針を継続し、長期視点での企業価値向上を実現します。